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TOP子どもの身体について「身体知性」より抜粋~感情、情動の役割~

「身体知性」より抜粋~感情、情動の役割~

医師であり武道家でもある佐藤祐亮先生は「身体知性」

のなかでこう書かれています。




感情という言葉は複雑な意味合いをふくんでおり、神経生理学の世界では、より生物学的でシンプルなニュアンスを持つ、情動という言葉が好んで使用されます。二つの言葉は、医学の世界でも社会一般でも、一部重なり合った意味を含んで用いられています。
大辞林第三版では、

【感情】①喜んだり悲しんだりする、心の動き。気持ち。気分。
     ②ある状態や対象に対する主観的な価値づけ。

【情動】感情のうち、急速にひき起こされ、その過程が一時的でも
    急激なもの。怒り、恐れ、喜び、悲しみといった意識状態
    と同時に、顔色が変わる、呼吸や脈拍が変化する、など
    の生理的な変化が伴う。情緒。

と説明されています。(略)近年の研究により、情動は、思考、学習記憶、認知能力、などと同様に、ヒトにおいて最も発達した高次精神機能であることが分かってきました。
これは、言い換えるならば、人間は動物的、本能的に反応しなければならない事柄(命の危機や生理的欲求)を超えた人間固有の社会生活においても情動を機能させているということです。

身体が受け入れた情報に基づく感情(それは、経験の蓄積によって変化します)が、人間の決断に大きな影響を及ぼすというのが、ダマシオのソマティックマーカー仮説(SM仮説)です。身体を介して(ソマティック)生まれた情動と感情が目印(マーカー)となって、人間の決断をサポートしているというわけです。(佐藤先生ご自身の経験上、医師も知識だけでは判断を誤ることがあり、医療においてもとっさの判断や大事な判断は感情や情動の役割がとても大切だと言われています。)

恐怖という感情が判断力を低下させて、命を左右する結果になった例があります。(略)感情の大きな揺れ動きは、人間の運命を大きく左右することがあります。ですから、感情をできるだけ穏やかに保つこと、そして、その前提として、人間が自らの感情の状態を理解するということがとても大切です。




本の中には様々な研究結果や実践を交えてのお話が

書かれていていて、それを上手くお伝えすることが

できなくてもどかしいです💦

「身体」「感情」「知性」が別々のものではなく、つながって

いるということを改めて考えさせられました。

子どもの内側から発せられる身体の欲求を満たすこと

は大人の責任でもあると思います。「危ないから」

「汚いから」「迷惑をかけるから」等、大人が面倒なことを

禁止することは、もしかしたら子どもの発達を阻害する

要因になっているのかもしれません。



昨日、発達に凹凸のある子どもさんのお母さんが

このようなことを言われていたのが心に残りました。

「発達障害は親の責任ではありません。といろんな

本に書かれていますが、実際には子どもの育つ環境

としての親の責任は大きいですよね」というような趣旨

のことを話されました。私も感じていたことですが

発達に多少の凹凸を抱えている子はたくさんいます。

しかし、育ちの中で上手くいっている子もいれば

二次障害や三次障害までひき起こしてしまう子もいます。

その違いは何か?と考えたときに親や親を支える周囲

の役割の重要性を感じています。

発達に凹凸のある子ほど、子どもの身体の声、心の声を

いかに大人がキャッチするかが大事だということを

様々な子ども達と接するなかで学びました。

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カテゴリ:子どもの身体について
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Comments
2017/12/07
from ジジ
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興味深く大切なテーマですね。そして私たちにとって身近な問題だと思います。

赤ちゃんから思春期まで、身体も感情も知性も、それぞれに成熟していきます。そして一つの目標が配偶者選びになっていると思います。

もちろん、結婚するかしないかの自由は、ジブン自身にゆだねられています。このあたりが人間と動物の違うところでしょう。

動物は本能衝動に支配されているようですが、人間は自由意思で決定できる領域があるようですから・・・。

「感情と情動」これはゴチャゴチャニなりがちですね。著書によっても、同じにしたり、使い分けたりしています。

ジジは、情動は感情よりも歴史が古いと考えています。

恐怖や怒りのような情動はネコにも見られます。しかし、両生類や爬虫類や昆虫のような動物には少ないのかも知れません。

高等哺乳類のような、子育てをする動物には、慈しみのようなおだやかな感情が育まれてきたのかも知れません。

動物学者によると、チンパンジーは、笑い顔もするそうです。

人間の赤ちゃんは、不安や恐怖や怒りなどの情動も持っているようですが、生後4カ月もすると、声を出して笑えるようになります。

おおむね不安や恐怖や怒りなどのような情動は、攻撃性を誘発しやすいでしょうし、感情は行動から来る派生物だということですが、おだやかな行動はおだやかな感情を育むのかも知れませんね。

「恐怖や怒り」は激しい感情として感じられますが、原初的な情動と結びついていて攻撃性を誘発しやすいのかも知れません。

アタッチメント理論では、怒りは行動の修正を求めるサインだそうです。赤ちゃんは泣くことで、ママに要求を満たしてほしいと訴えるのでしょうね。

怒りの背景には不安や恐怖が有って、それが満たされると落ち着くでしょうし、
それが満たされないと、不安や恐怖が行き場を失ってしまいます。そして行き場を失った不安や恐怖は、再び怒りの温床になるのでしょう。

母と子のアタッチメントでは、このやり取りが大切なのだと思います。

ボールビーはこのあたりのことを「子どもの取り扱い方」と言う言葉で警告しています。

「ほとんどの人間は、一生のどの時点かにおいて、子どもを持ちたいと熱望し、また、その子どもたちが、健康で、幸福で、自立した人間に育ってほしいと願っていると、私は信じている。そのことに成功した人々にとっては、見返りは大きいものである。しかし、子どもを持っていても、その子どもたちを健康で、幸福で、自立した人間に育てられなかった人々にとって、不安、苛立ち、軋轢、そして多分、恥や罪悪感といったペナルティーは厳しいものであるあるかもしれない。だから、親であることを引き受けるということは、大きな賭けである」

「感情の問題」一つとっても難しいですね。

障害のある子どもを持った母親が「それは、母親の責任ではない」ということは、そうだと思います。そうだとしても「母親は責任を持たなければならない」と言う言葉は、切ないですね。

ジジはそうした立場に立たされたことはないのですが、「障害とはなんだろう?」と思うことはあります。発達に凸凹があるにしても、希望を持って生きられないということではないのかも知れません。

多くの障害はそのものよりも、社会の偏見が生み出しているのかも知れません。

発達障害の場合は、比較的目立ちやすいですが、情緒障害の場合は外側からは分からない。そういう意味では誰でも大なり小なりの凸凹をもっているのかも知れません。

レオさんが言うように、発達障害がある場合は、情緒障害としての二次障害を起こさないようにと思いますね。

ウィニコットによると「あそぶこと」ができれば大丈夫ということです。

「子どもの、あそぶ能力に重きをおきなさい。子どもがあそべるのなら、つまり一人でも、他の仲間と一緒でも、あそぶことを楽しむことができるなら、一つや二つの症状があったとしても、深刻に心配するようなことは何も起こっていないのです。このあそびの中で豊かな想像力を使うことができるのなら、たとえその子どもに夜尿やドモリがあったとしても、怒ってひきつけたとしても、また癇癪や発作、抑うつ状態を繰り返したとしても、あなた方は十分幸せだと思って良いのです。あそぶことは、子どもがほどよい安定した環境を与えられると、その子なりの生き方を見つけ、やがて世間の人に十分歓迎され、望まれる人になる力のあることを示しているのです」

「あそぶこと」これも奥行きの深いテーマです。

「安全基地とは何か?」

これからも考え続けて行きたいですね。























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