TOP子どものあそび心理研究所ジジさんからのコメントです。

ジジさんからのコメントです。

ジジさんから貴重なコメントを頂きました。




ごくろうさまでした。

レオさんを通じて知ることができた虹色教室のブログからは学ぶことがたくさんありました。

ナオミ先生にも、過去に何度か熊本に来ていただき、お話をしていただきました。互いに少数派の考えだと思いますが、それだけに勇気づけられます。

その上で、時期的にも良い機会だと思いますので、「あそび」と「レッスン」の違いについて考えてみたいと思います。

一般的には、あそびはプレイングで、レッスンは練習です。

健康な赤ちゃんであれば、生後3~4か月から見られ自然に発達していきます。
主な情報は、知覚や感覚器官によって入力され、運動出力に変換されます。適切な感覚入力と運動出力が繰り替えされることで、視野を広げ自身の移動能力を高めていきます。

ことばの発達に伴って知識も増していきますが、体系化された知識と言うよりも
主観的にカテゴライズされたもので結びつけられているようです。それだけに不安定さはあるのですが、「私の世界」と言うことでは唯一のものです。

こうして身につけた子どもの世界観を「自然発生的概念」といいます。

少し難しくなりますが続けますね。

これに対して「算数」や「国語」や「理科」のような体系化された世界を学びながら身につけていく領域を「科学的概念」といいます。

科学的概念は、客観的に体系化された世界ですから、自然に身につけることはできません。ですからレッスン(練習)をして身につけていきます。

ピジェによると、これがおおよそ7歳くらいからということです。

この自然発生的概念から科学的概念にスムーズに移行していくにはどのようにすればよいのか?どのように考えればよいのか?これがヴィゴッツキーが探究した最近接領域です。

つまり、子どもの主観的世界観を生かしながら、科学的概念に移行できれば、子どもたちは勉強することが好きになるだろうということです。

100年も前のことです。当時のロシアでは子どもの就学年齢は8歳からだったようですが、個々の子どもの主観的世界には配慮することがなく、知識を子どもに押し付ければ良いと考えていたようです。

子どもたちは、先生が版書したことを覚えさせられていたようですね。

こういった方法に対してヴィゴッツキーは、子どもは抵抗するだろうし、覚えてもそれらの知識は剥落してしまうと考えていました。子どもの一次経験と無関係に2次経験を教えても、学ぶことの意味が分かっていないということでしょうね。

興味深い言葉に「最近接可能性領域」と言うのがあります。これは自然発生的概念での領域の知識や技術のことですが、そのあそびの領域にある子どもには、科学的概念が接ぎ木しやすくなっていることのようです。

これはナオミ先生も良く知っているのではないか、もしくは感じているのではないか?と思います。

この最近接可能領域とはどのようなものか、具体的にはジジは知りません。ただあそぶことにも、それなりの質はあるようです。ただあそべばよいというのではなく、真剣にあそぶ子どもの姿があります。

同じ100年くらい前、シカゴ大学のデューイは、あるテーマに沿って、それぞれの子どもたちが、資料を収集してくる授業を提案しています。

最近「アクティブランニング」と言う言葉をよく聞くようになりましたが、あるテーマや経験を共有しながら、それぞれに資料を集め、分析し学んでいく方法ですが、デューイの教育では先生はいなくてリーダーです。

当然子どもたちは、ジブンの得意領域を発揮していこうとするでしょうから、そのまとめ役ですね。

ここでデューイが考えていたのは、それぞれの子どもをできる、できないで評価するのではなく、それぞれの自分の持ち分を発揮しながら、集団で目標を達成していくこと、もしくは失敗したところから方向を転換して考え直していくことです。

デューイにとっては、結果よりもそのプロセスが重要で、ひとり一人の子どもが、責任を持った市民になっていくこと、これが教育の目標だったようです。

私たちの現状とは随分違ったものですね。

さて、いま3歳の子どもが、30年後には33歳になっています。その30年後の社会のシステムを見通せる人は少ないのではないかと思います。

AI技術の進歩によって、現在の職業の半数は、AIロボットによって賄われるだろうと言われています。知識の量、統計理論、情報処理速度、これまで重要だとされていた能力は、ロボットがしてくれるということです。

私たち「大人の脳」は、「これまでもそうであったように、これからも進んでいくだろう・・・」と考えがちですが、現実はそうではないのかもしれません。

「あそびとレッスン」と言うテーマから随分飛躍してきました。

ジジが言いたかったのは、「あそびとレッスンをごちゃごちゃにしないで考えていきましょう」ということです。

あそびは自然に発達するもので、子どものパーソナリティーや、モノ・ヒト・デキゴトの環境に準拠しています。

これに対してレッスンは、過去の人々が体系化してきたものを練習しながら身につけていくものです。

そして、リボンクラブのテーマは「あそび」です。

「さようなら・・」という言葉は、「また会いましょう」と言う意味と「もう会うことはないでしょう・・」という意味でも使います。

現在のAIロボットでは、この「さようなら・・・」の意味の使い分けは難しいそうです。

子どもたちは「あそぶこと」で、この意味の使い分けを学んでいくでしょう。

少なくとも、乳幼児にの間はという意味ですが、子どもたちの自然発生的概念、
もしくはそのプロセスに目を向けていただきたいと思いました。





私も「あそび」と「学習」が混乱するのが怖くて、わが子の

ときには、あえて私自身が学習から遠ざかったところで

子育てをしてきました。

とは言いつつも、振り返ってみれば、娘や息子は隣の

商店に買い物に行き、消費税というものに気付いたとき

「100円のものは100円で買えない?」「5%ってなに?」

と大騒ぎをしてお菓子を買いに行っていた記憶があります。

又はもっと小さい頃は、近所の小学生とお買い物ごっこを

していて、その子達が知っている限りの知識でお金につ

いて、あーだこーだと教えられていました。

本人達は全くわかってませんでしたが・・・(笑)

だからと言って中高生になって二人とも、少なくとも親より

は数学を嫌いにならずに勉強していましたし、娘が言う

には「わからなくでも、頭の片隅にモヤモヤとしたものが

残っていると、後でそれがつながってくるんだよね~」と

いうようなことを言ってました。その場で全てを理解しな

くても、後でつなりができてくるということなのでしょう・・・。

小学生のお母さん達をみていると、少数派ではありますが

私と同じように、勉強と距離を取りすぎるか?もしくは

どれくらいの距離をとったらいいのか悩んだり

又は自分の苦手意識から我が子には早くから教育して

おかないと大変なことになるのではないかという焦りから

子どもの思考する力を信じることができずに、早期から

教えこもうとしたり、学校のいうという通り繰り返しの訓練

だけで身につくものだと思っていたり・・・私達大人が「学習」

に対しての考え方の土台がとても貧弱なものだと感じてい

ます。

ジジさんが言われる通り「最近接可能性領域」という言葉が

奈緒美先生の算数レッスンにはピッタリで、遊びの延長で、

考えること、頭を使うことの心地よさがあります。
(これは私が感じたことですが・・・)

何といっても「間違ってはいけない」というプレッシャーが

ないので、子ども達が遊びの時と同じようにイキイキとして

いる姿はとてもいいなぁと感じました。

きっと奈緒美先生が、数学に愛情があり結果よりも、考える

過程を何よりも大切にされているからだと思います。

荒尾では、乳幼児期から継続して学童期までの子ども達と

接しているので、「遊び」と「学習(レッスン)」の境目が何な

なか?なぜ子ども達は学習をこれほどまでに嫌うのか?

とても大きな疑問があります。

もう一つ私が一番恐れるのは「遊び」が学校の「学習」の

ためのものになってしまうことです。たぶん、このような誤解

をして「遊び」が大切と言われている人たちが多数いらっし

ゃることがとても悲しいことです。

一人ひとり言葉の受け取り方は違うので、ジジさんが幼児期

の「あそび」をとても大切に考えられていることは本当に大事

なことだと思います。

私自身も今回の奈緒美先生のレッスンを通して、あそびの

アトリエでの体験の重要性を、外側から改めて見つめ直す

ことができました。

今回のレッスンでは奈緒美先生から「あそびのアトリエさん

の子ども達は、しっかりとした土台が育っていますね」と言っ

てもらいました。質のいい遊びは、根気強さ、思考する力

など、子どもの学習の土台になっていくようです。

言葉にすると軽くなってしまいがちなので難しいですね。

私にとっては実りある3日間でした!

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カテゴリ:子どものあそび心理研究所
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