TOP子どものあそび心理研究所幼児期の子どもはなぜ空想の世界で遊びたがるの?

幼児期の子どもはなぜ空想の世界で遊びたがるの?

ごっこ遊びにつて少し考えてみたいと思います。

どうして子どもは、全エネルギーを使ってウルトラマンに

なりきるのか?不思議だと思いませんか?

カリフォルニア大学の心理学教授のアリソン・ゴプニックは

「哲学する赤ちゃん」の中でこう言っています。

「子どもは現実とかけ離れた架空の世界へ自由に羽ばたき

ます。役に立ちそうな可能性に限らずに、どんな可能性でも

探求します。人類はこのような限りない探求を許すことで

子どもが大人よりも多くを学べるように進化してきました。

といっても、奔放なごっこ遊びをする子ども達に「ぼくらは

世界や他人のことをこうやって学ぶんだ」という自覚など

ありません。彼らが遊ぶのは、単に子どもだから、それが

子どもの仕事だからです。遠慮もなければ何の役にもたた

ないごっこ遊びの深い役割は、長い進化の歴史から見た

ときに初めて捉えられるものなのです・・・・・」




あそびのアトリエに通っている●君は4~5歳の頃、

「自分の肩にリスさんがのっているんだよ。」と他の

誰にも見えない空想の友達の話をしていました。

現在●君は4年生になり、今では相手の立場に立って

考えることのできる子に育っています。
(勿論リスの空想の友達はもういませんが…)

例えば、子どものお店屋さんの準備をするときに

他の4年生の子ども達は、いかに利益を上げるか

を熱心に考えます。(これも資本主義社会では

大切なことです。)

しかし●君は、買う人が喜ぶことを考えながら意見を

言ったり準備をしていました。

利益を追求することも大切なことですが、長い目で

考えたときに、商売の基本はお客さんに喜んで

もらえる商品を販売する方が信頼は得られます。

仕事に見合った正当な利益を得ながら、お客さん

に「ありがとう」と言ってもらえることは、精神的な

喜びや豊かさにもつながるものだと考えます。



幼児期は空想の世界と現実の世界を行き来し

ながら、相手の立場や社会のこと、世界につて

宇宙について・・・学んでいくのかもしれません。



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カテゴリ:子どものあそび心理研究所
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Comments
2016/10/22
from レオ
#- URL
ジジさんへ

コメントありがとうございました。
子どもが空想の世界で遊ぶ意味を、文章で理論的に書いて頂くと有難いです。

私もテレビの「ウルトラマン」や「プリキュア」になりきる子どもの遊びがどうなのか?ずーっと考えいて今も課題ではあります。
これまでも、方針の違う幼稚園や保育園、様々な考えの親御さん達をみてきましたが、キャラクターは絶対にダメとか、子どもが喜ぶものをすぐに取り入れるとか・・・どちらも何か違うなあと感じていました。
我子のときもそうでしたが、4歳前後に子がヒーローやプリンセスになりきる様子をみていると「はしか」のように一時的なもで熱が冷めると何もなかったようになります。それが子どもにどう影響を与えているのか?
子ども時代に、実体験と非現実の世界のバランスが悪くなるといけないのではないかとも感じています。

遊びの中でコミニュケーションをとるきっかけとして、子どもの空想の世界に入っていくことは大切なことだと思っていて、そこで空想の世界と現実を行き来することを意識しています。現実とは年齢にあった人とのかかわりや会話であったり、それに関連した遊びや物作りだったりです。特に元気がない時の子どもは、空想の中で元気に遊べると、現実の中でも元気になっていくようです。

ウイニコットのことば素敵ですね。
ジジさんのコメントをきっかけにいろんな方と意見交換ができると嬉しいなあと思います。

レオ
2016/10/21
from ジジより
#- URL
「子どもはなぜ空想の世界であそびたがるの?」

興味深いテーマですね。

もし、学校の先生の中でこうしたテーマについて、考えを巡らせてくださったら・・・。子どもたちの学校生活はもっと「フンワカしたもの」になっていくのかも知れません。

さて、アリソン・ゴブニックによると「遠慮もなければ、何の役にも立たないごっこ遊びの役割は(なんだかこの言い回しから、3人の子育てをしたゴブニックの大変さが伺われますね)、長い進化の歴史から見たときに、初めてとらえられるものなのです・・・・」ということだそうですが、では「進化の歴史から見たごっこ遊びの役割」とはなんでしょう?

最近は進化心理学・生態学的心理学という言葉をよく耳にします。ジェームス・ギブソンの「アフォーダンス」という言葉も、赤ちゃん学会でもよく使われます。

ここで興味深いことは「ヒトは、地球上に住むさまざまな生物の中の一つの種に過ぎない」ということが前提になっていることです。

「ヒトは特別な存在ではなく、アリやゴキブリと一緒だ・・・」と言われると、なんだか受け入れがたい気持ちもするのですが、「地球上に住む生物が、それぞれに枝分かれをして、進化の歴史を歩んできた」と言われると、「そうなんだ・・」とも思います。

かって、1850年ごろだと思いますが「種の起源」を発表するとき、ダーウィンは「私が死んでから出版して欲しい」と友人に頼んだそうですが、「ヒトの祖先は、アフリカに住んでいたサルらしい・・・」ということですから、当時の人々(キリスト教文化の人々)には受け入れられない内容だったのかも知れません。

さて、私たちヒトが「アリやゴキブリと一緒」という感覚は現実的にはなかなか受け入れられないのですが、「地球上に住む生物の中で、ごっこあそびをする生物は誰だ?」と言うとヒトだけのようです。ヒトに最も近いと言われているチンパンジーやゴリラも「ごっこあそびは」しないようです。

ところが、ヒトの子どもは2才になると「ごっこ遊び」をし始めます。なぜでしょう?ここのあたりが面白いところですね。

もう一つ、地上の生物はそれぞれのニッチ(生息圏)があるようですが、ヒトは環境を変えて生息しますから、地球上のどこででも生活していくことができます。

もしヒトが、その幼年時代に「ごっこあそびをしなかったとしたら・・・」、ニッチを超えて生息していくことはできなかったかも知れません。

さて「空想あそび」とはなにか?

幼児のごっこあそびは、おおむねモノの利用に依存しています。コップやお皿や人形や積み木のようなモノ(いわゆるおもちゃですね)これがないと「ごっこあそび」はできません。

それに比べると「空想あそびは」必ずしもモノに依存しなくてもできます。モノへの依存度が少ないと言った方がいいかもしれませんね。想像上の友だちも4歳くらいからのようです。ウルトラマンのようなあこがれの対象にジブンを投影する、もしくは同一化できるようになると、空想あそびは刺激されるかも知れません。でもジジは内心「空想あそびの対象」は、選択した方がいいのかも知れないと思っています。「ながくつしたのピッピ」に憧れるのか?、「ドリトル先生」に憧れるのか?、それによって何かが大きく影響を受けるような気がするのです。

もちろんこのあたりは強制することはできないのですが・・・。ウルトラマンに憧れたからと言って、それがワルイとも思えないのですが・・・。空想世界の住人は、その子どもの感受性に大きく影響を与えるような気もします。

空想には、個人の身体的もしくは感情的欲求も関与しているかも知れないので、
そう単純には割り切れないのかも知れませんが・・・。

フロイトによると「夢の原理は欲求充足」だそうです。そうだとしたら「空想」もそうなのでしょうか?

「夢 → 白昼夢 → 空想 → 想像 → 創造」と並列に並べてみると、空想はちょうど中間点になります。

左には個人の欲求があり、右に行くにしたがって現実への適応になりますね。

ウィニコットは、これらの5つの領域を総括して「創造」という言葉を使っています。

最後に、ウィニコットが生まれてくる赤ちゃんに話しかける言葉を紹介しますね。


創造力を持って世界に来なさい。
世界を創造してごらん。
あなたにとって意味があるものは、
あなたが創造したものだけなのだから・・・。












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