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魔法の美術館に行ってきました!

9月10日土曜日に魔法の美術館に行ってきました。

まずは切符を購入するところからです。

ボタンはどこ?

子ども料金はいくら?

お金はどこから入れるの?

いくら入れればいい?

お釣りは?

切符1枚買うだけでも自分でやってみると・・・

人の話をよく聞いて、考えないとできません。

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JRで上熊本駅まで行き、そこから路面電車に乗って

行きます。路面電車に乗っていることろ↓

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路面電車の乗り降りはとても狭いので緊張します。

私が路面電車の駅を間違えて降りてしまったので

手伝いに来てくれていた娘から指摘を受け、子ども

達からもブーブー言われました。

今後は子ども達に調べてもらうことにしま~す。

間違えたといっても大したことではありません!

アーケードの中を10分ほど歩いていくと~

目的地の現代美術館に到着です。

「魔法の美術館」では~↓
(*写真は暗いですが雰囲気だけでも)

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魔法の美術館は子ども達が楽しんで体験できる

場として作られているので、かなり自由に子どもは

動き回ることができます。それでも線の中に入ら

ない、触らないというルールがある場合もあります。

美術館に行くことも目的ですが、様々な場面での

子ども達の体験も大切なことです。

切符1枚買うにしても、列車の座り方にしても、美術館

でのマナーにしても、みんな経験不足を感じました。

もちろん、学校のように大人がもっと目を光らせて

厳しく注意をすればいいのかもしれません。

しかし、厳しくする人がいなければ、何をしてもいい

自由だということではありません。

今、自分がいる状況を考え、どう行動すればいい

のかを考え行動できる自律した子になって欲しい

と思っています。


あそびのアトリエは学習を教える場ではありませ

せんが、どんぐり倶楽部の糸山先生が言われて

いた言葉を思い出します。「12歳までの間に外

にでて体験をすることは子どもの思考回路を何百

何千と作ることになる。

家の中だけでゲームをしたりテレビを見ている

だけでは、視覚刺激だけに偏ってしまいます。

外に出て五感を刺激する様々な経験をした子は

よく考えて行動するようになり、学力とも相関して

くる・・・」というようなことを言われていたのを

思いだしました。


しかし「体験すればいい」という問題だけではない

気になることもありました。

私が気になったのは、「暑い」「のどが渇いた」

「つまんない」「疲れた」等・・・子ども達が

大人に対してのクレームを言うだけに終始し

自分でなんとかしようとか、ここは我慢をしないと

いけないところ、という判断がつかないことです。

私の想像ですが、2歳代のころ「ジブンデ!」と言って

自分で出来なくても、何でもやりたがる時期に、

周囲の大人が手とり足取り何でもやってあげ過ぎ

たのではないかと思っています。

(違ったらごめんなさい)

その結果、自分の出来ることでも、大人が手出し口

出しし過ぎるので、いつの間にか子どもは大人の

指示待ちになり、自分で判断して行動する経験を

知らず知らずのうちに奪われていたのかもしれません。

自分で決め、失敗して、またやり直す経験を積み重ね

ている子は、自分で考えますが、人から決められて

やってもらっている子は、必然的に他人に依存しがち

になります。

そして、学童期に入ると「勉強」が主流になり、「自律」

という大切なことが置き去りにされているように感じて

います。


「経験」というのは、「〇〇に行った」「〇〇をしたという」

消費的な華やかなものではなく、自分にとって必要なこと

を頭で考え、手はずをととのえ、実行し、結果を振り返り

次の経験に生かしていくといくサイクルを丁寧にやって

いくことではないかと思っています。

そういう小さな積み重ねが子ども達の自信となり

次のステップにつながっていきます。


久々のお出かけで、珍道中ではありますが、この経験

が、次につながってくれるだろうと願っています。

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カテゴリ:おひさまクラブ
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Comments
2016/09/15
from レオ
#- URL
ジジさんへ

コメントありがとうございました。
私が言いたいことを言語化してもらえて、改めで気づかされる部分があります。

「脱・自己中心性」とても大切なポイントですよね。
当たり前のようなことですが、現代では大人も「脱・自己中心性」の課題を抜けて
いない人も多いかもしれません。私も怪しいところですが・・・(-_-;)
「そのためには2才から4才の、子どもの自己中心的な活動を保障することが必要です。」
というところも大切なポイントだと思います。
ここを上手く抜けていない精神年齢が幼い子ども達が増えているように感じています。

もしくはそれ以前の母子の愛着関係の問題を抱えた子ども達もいますし・・・
大人は、それぞれの子の背景を考慮しつつ、子どもを理解してあげなければいけないと
思っています。

レオ

2016/09/15
from レオ
#- URL

はぴさんへ

コメントありがとうございました。
「地味なこと」その通りです!!
華やかな情報に踊らされれて本当に大切なことを
見失わないようにしないといけませんね。

大人自身が子ども達と真摯に向き合っていけば
必ず子ども達からSOSのメッセージが届くはずです。
その時に大人がどう対応するのかが大きな問題です。

大人は子どもから多くのものを学ぶことができます。

レオ
2016/09/14
from はぴ
#- URL
そうですね。
ほんとにそうだと思います。

なんでも子どもにさせる時間と気持ちのゆとりというか、余裕というか。
子どもが選んだものにつきあうゆとりと時間を大切にしないといけないのに、
ついつい、楽しそうな、なんだか子供のためになりそうに見える「体験もの」に
時間とお金をついやしてしまいがちになります。というか回りは、それに、たくさんの習い事がプラスされますが。

先生の記事をよんで、母親である私が、よほど気を付けていかないと、なかなか、子どもによりそった地味?というか、そんな生活は送れないようになっています。

2016/09/14
from ジジより
#- URL
しかし、「体験すればいい」という問題だけではない、気になることもありました。

私が気になったのは、「暑い」「のどが渇いた」「つまんない」「疲れた」など、大人にクレームをつけることに終始し、ジブンで何とかしようとか、ここはガマンをしないといけないところとか、という判断がつかないところです。

大切なところですね。


学童期の子どもたちの日常と接することがないので、今の子どもたちが、どのような状況で生活しているのか?分からないのですが、ジジでさえそうですから、普通の大人の人は、これらの子どもたちの状況をもっと知らないかもしれませんね。

「先生と親しか知らない子どもたちが増えている」

この警鐘は、長年「閉じこもり青年たち」に関わってきた方の感想です。

かっては、隣近所のおじさんやおばさん、各種商店の人々、身近なところで働いている職人など、子どもの周辺にざまざまな大人がいました。中には、子ども心に「あんな大人にだけはなりたくない」と思える大人もいました。

今考えると、不思議とそういう大人が懐かしく思い出されるのですが、さまざまな関係の中で、意識としてではなく、経験として学んでいたのかも知れません。

時代が変わると、背景も変わってくるので、「昔のことを言ってもしかたない」のですが、今の子どもたち(学童期)が、ジブンの行動に対して年齢相応の責任を負うことを学んでいないとしたら、憂慮すべきことだと思います。

乳幼児期の子どもたちにおいては、「経験すること」で良いと思いますが、学童期では「経験したことを思い出すこと」も必要だと思いますね。切符を買う時に戸惑ったこと、電車で降りるところをレオさんが間違ったとき、どんなことを感じたか?美術館では何が面白いと感じたか?あんまりおもしろくないと感じたことはどんなことか?いろいろあると思うのですが・・・。低学年では誰かに聞いてもらうことや絵で表現すること、小学生の5.6年くらいになると、書き言葉で表すことができれば、良い経験になるような気がします。

簡単に言うと「メタ認知力」を付けることですが、メタ認知力をつける前提は経験することです。経験がないところには反省することが生まれないからです。

「言われたことをイヤイヤする」のではなく、「イヤだけれどしかたがないか・・・」と課題に取り組むこと、これは幼児期の最終段階で身につけることができます。

「イヤだけれどしかたがないか、でもこれがオワッタらあそんでいい・・・」
発達の軌道にのっている子どもであれば、5~6歳をすぎるとこの領域に入ります。

そのためには2才から4才の、子どもの自己中心的な活動を保障することが必要です。ここでいう自己中心的な活動とは、ワガママなこととは真逆のことで、「ジブンでスル」という意欲に対して、子どもの失敗を認めながら、できる範囲で経験させることだと思います。ワガママな子どもは、こうした経験をできなかった子どもに起こりがちのように思います。良い子の振る舞いをする子どもも、ワガママな振る舞いをする子どもも、ジブンの本来の活動が阻止された子どもだと思うのです。

これらの自己中心的な意欲を引き出す条件が、6か月からおおよそ2歳までの
アタッチメントと探索活動でしょう。不思議なことにこの月年齢でワガママな活動をする子と親が悩むことはないようですね。

そして、それ以前の「仰向けの時代(0~6か月)」では、母親との親密な交信があるのでしょう。


子どもの2才から6歳の年代に見られる「自己中心的な活動」について、もう少し話してみます。

子どもの「自己中心性」を発見したのは、発達心理学者のピアジェです。ピアジェは、子どもの概念が、大人の概念と違っていることに気づきました。例えば、花とチューリップという言葉があるとして、「花」は普通名詞で「チューリップ」は固有名詞ですから、「花」はチュ-リップやバラやスイセンなどを
総合する言葉として使いますが、子どもは、「花」「チューりップ」「バラ」
「スイセン」の言葉を並列的に使うということです。子どもにとっては「バラ」も「花」も同じ意味を持っていることになります。

ピアジェの「自己中心性」は、さまざまな現象を経験的に捕えていて、科学的(客観的)に捕えられない段階ということです。これが幼児期の考え方の特徴で、7歳くらいから「脱・自己中心性」の段階に移行していくと考えたようです。

ですから、5~6歳の子どもでも「ジブンのオモイドウリにナラナイ」ときは、「ママがワルイ」と言いがかりを付けてくるでしょう。これは一般的に言われる「ワガママ」とは違いますよ。

脱・自己中心性の段階に入っていくと、「オモイドウリにナラナイ」ことの原因にジブンの行動があったことに気付けるようになってきます。ジブン自身の行動を客観的に見られるようになったということです。これがメタ認知です。

子どもは、「父親や母親の行動を鏡にして育つ」と言われています。厳しいようですが、リボンクラブに預けていたら育ててもらえる訳ではありません。まして、塾に行ったから学校に行ったから育ててもらえるわけではないでしょう。「知識」は教えてもらうことはできても、「考え方」を教えてもらうことはできません。

「考え方」はジブンで学んでいくしかないようです。

フレーベルの言葉に「子どもに、生きようではないか」という言葉があります。
私たち大人も、子どもとともに「考え方」を学び直しても良い時代に来ているようにも思いますね。

「エラソーナ?」言い方になりましたが、年寄りの言葉と思って許してくださいね。ジジも66歳で高齢者の群に入りました。











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