TOP子どものあそび心理研究所「経験すること」と「遊ぶこと」

「経験すること」と「遊ぶこと」

あそびの心理研究所のジジさんが、あそびのアトリエの行事を例に

とって大切な視点で記事を書かれています。(以下の文です)
 
「経験すること」と「あそぶこと」これらは分かちがたく結びついていると思いますが、今回の企画を参考にして二つに分けて考えてみましょう。

 金峰山に登ること、バスや電車で移動すること、安井さんに陶芸を教えてもらう事、お料理を手伝うこと etc は、子どもたちにとって経験することです。いずれもスタッフが企画したことで子どもの意見が反映されているわけではありません。

 金峰山の頂上で、はじめ君といっしょにした「だるまさんが転んだ」や「かくれんぼ」をしたことはあそぶことです。リフレス大牟田の周辺を散歩したこと、バッタを捕ったり、つくしを採ったり、小川に笹舟を流したり、蛙を探したり、起伏のある斜面を駆け上がったりすることもあそぶことです。いずれもその時々に子どもが判断している行動です。
 
 経験することの中には「あそんではいけないこと」もあります。 山登りをするとき、集団で公共機関を使って移動するとき、陶芸を教えてもらうとき、お料理を手伝う時などにあそんでいるとスタッフに注意されたり叱られたりする事があります。



ブログでこの文書を読んだリボンクラブのお母さんが

とても考えさせられた・・・と言って話されたことが

「親は外に遊びに連れて行ったと思っていたのに

家に着くなり子どもが「さぁ遊ぼう!」と言ったんです。

ジジさんが書かれていた文章を読んで納得しました。

親が遊ばせたつもりでも、子どもにとっては違ったんです

よね・・・」(話された言葉は違っていますが…スミマセン)


同じような活動に見えても、大人が考えた企画の中でする経験と

子ども自身が判断して遊ぶ経験とに、違いがあることを理解して

いないと、どちらか一方に偏ってしまうことになりかねません。

今回私が感じたことですが、経験を豊富にしている幼稚園の

子ども達は公共の場でのマナーはよく身についていましたが

一旦、自由な場になると自分でセーブが利かずに大騒ぎになる

一面がありました。

一方、遊びがメインの幼稚園の子ども達は経験不足のせいか

公共の場でのマナーや集団行動が苦手のようでしたが

自分のペースで行動するので、全体的には落ち着いてい

ました。


どちらが良い悪いというわけではありませんが

自我発達理論の観点から考えてみると

共生的段階(誕生~10カ月)
  
  対象物に対する安定的な世界を自分自身で構築する。

衝動的段階(10カ月~2才)
  
  自らの衝動に支配されている。「イヤ」「ダメ」「チガウ」  
  
自己防衛的段階(2才~6才)

  自分自身の要求と願望の視点からのみ世界を眺める。

  「ボク」「ワタシ」

規則志向的段階(7才~12才)

  2人称的視点が出来るようになり、受け入れられ好かれる

  ことを必要とし始めるため社会的な習慣やルールを尊重する。


            (あそびの心理研究所資料より抜粋~)



子どもが大人になるまでには、知識や社会性と同じように

「自我」を成長させることも重要なことです。

「良い経験=子どもの健全な成長」という考え方だけでは

子どもの自我は上手く発達できないように思います。

「ボクが!」「ワタシが!」の段階から

「あなたとボク」「あなたとワタシ」の段階になり

「他者から自分がどうみられているのか?」と考える

ようになるまでには、教育や躾だけでどうにかなるのも

ではなく、十分な時間と大人の理解が必要です。

そして子どもの周辺の文化環境にも左右されます。


大雑把な言い方になってしまいますが

自我発達理論の考え方では「自分」がしっかり育った後に

「他者」の視点が理解できるようになるようです。

ではどうすれば・・・

知識や社会性が身に着くのは少し遅くなるかもしれませんが

自分で考えて行動する力を身につけるには

まずは「遊ぶこと」が重要ではないかと考えます。

遊びの質や環境、大人のかかわりが大切になってきます。


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カテゴリ:子どものあそび心理研究所
テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育
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