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「自信がない病」

「『自信がない病』威張らず萎縮せずに生きたい」という

タイトルで朝日新聞の「ザ・コラム」に女性編集委員の

記事がありました。

「自信がない病」は、日本人女性の特有の問題ではなく

米国でも30~40代のキャリアの女性達が学ぶプログラムも

あるとのこと。筆者はこう言っています。

「セクハラもパワハラも、ある種の自信のなさの表れでないか

(中略)・・・自信がないからこそ、自分の弱さを隠すためにも

逆にむやみに偉そうに振る舞いたくなり、力を誇示しようとする。

自意識もゆがみ、自分の力をみせつけずにはいられなくなる。

他人への敬意が失われ、服従させようとする。(中略)

男性も女性も、もっと自然に生きたい。不必要に委縮すること

もなく、普通に自信をもって、前向きに。言いたいことは

きちんと言って。本当に自信のある人は力を見せつけようとは

しないし優しい。他人を尊敬し、そして強くて堂々としている。」


「そう!そう!」と思いながら読みつつも、「自信を持つ」という

ことは言葉では簡単に言えるし、誰もが納得できること。

でも、よく考えてみたら「じゃあ、どうしたらいいの?」と聞かれ

たときに、どう答えたらいいでしょうか?

外的なことで言えば、勉強をして自信をつける、スポーツを

して自信をつける、得意なことを頑張って自信をつける、リー

ダーになってみんなをまとめて自信をつける…様々なことが

あります。しかし、自信とは外からつけてもらうものでしょう

か?それとも自分の内側で作られていくのでしょうか?

今の子ども達は、私達の子ども時代よりも、多くの活躍する

場(スポーツや芸術)が作られ、たくさんの評価をもらい

様々な賞をもらえる機会があります。だのになぜ???

外的な評価だけに振り回されて、自分の内側で育むべきもの

が育まれていないのではないかと感じています。



ピーター・グレイの著書の中には、この問題に通じる部分が

たくさんあります。

彼は教育を生物学的な観点から研究しはじめるようになり、

文化人類学を学び、狩猟採集民として生きてきた人類の

歴史から子どもの遊びについて考察しています。

著書の中で、人類の歴史をさかのぼると99%は狩猟採集民

として過ごしてきた歴史があり、狩猟採集民の時代の

子育ては「子どもの生まれ持った才能信じる」「自分の意志に

従って行動できるようにすれば、子どもは学ぶべきことを学ぶ」

「子どもがスキルを身につけ、十分に成熟した段階で子どもは

自然にバンド(部族)の経済活動に貢献し始める」という、寛大で

信頼にあふれた子育てをしていると多くの研究者は言っている

そうです。

一方、学校教育の歴史は教会と深く関わりがあり

「子どもは生まれながらの罪深き者であり、改心されなければ

ならず、教育の主要な目的は領主や雇い主への服従である」

という歴史があるのだそうです。


不登校ではなかったものの長年学校に違和感を感じて

いた私にとって、人類の歴史的な視点から学校をみた

ときに、「なるほど~そうだったのか~」と納得。

そして、子どもが、狩猟採集民のような遊びを好んでやる

のは、理にかなっているのだと思いました。



教育の在り方については簡単に語れることではあり

ませんが、子ども(自分)が「自信がない病」にかからない

ためにはどうしたらいいのか?誰もが真剣に考えてみる

必要があるのではないかと思います。

自由で豊かな遊びには、「自信がない病」を予防したり

自然に克服する力があるのではないかと思っています。








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意識しない方がスムーズにできる?

赤ちゃん学会の小西先生が言われた「意識するとでき

ないけど、意識しないとできる・・・」という言葉は発達障

害の子に限らず、幼児期の子ども達と接していると

そういう場面によく出会います。

年長さんの○ちゃんは、3歳前後の頃まで、お話をする

ように言われれば言われるほど、おしゃべりをせずに

周囲は心配をしていました。その心配をよそに幼稚園に

通いだして必要に迫られると、周囲が驚くほどにおしゃ

べりをはじめました。

その後、絵や文字をみんなが書いていても、全く知らん顔

誘えば誘うほどやろうとしなかったので、こちらも無理には

誘いませんでした。

現在、年長さんになった○ちゃんは、12日に開催される

「子ども商店街」にお友達の☆ちゃんとお店を出すために

折り紙で駒を作ったり、看板を描いたり、くじを作ったり

今まであまりやりたがらなかった細かな作業を、いとも

簡単に、張り切ってやっています。↓

IMG_20180204_110330.jpg

現実的な☆ちゃんとひらめき型の○ちゃんは対照的で

☆ちゃんが筋道をたてて考えているところに

○ちゃんが「くじびきにしょう!」突然ひらめいたことを

言い出します。

☆ちゃんと私はその発想に困惑し、三人でコマのお店

とくじびきをどう結びつけるかを考えます。

結論は、コマを買った人がくじ引きをして「あたり」が

出た人は景品がもらえるということに決まりました。

IMG_20180204_110422.jpg

単純そうな工程も子ども達にしてみれば、難しい

ことです。実際にお金を使ってシミュレーション

をしてみました。2人ともバッチリできました!!

ついでにお金の練習も~

10円のコマを100円から買ったらおつりはいくら?

1円10枚でいくら?

1円100枚でいくら?

10,円10枚でいくら?

5円2枚でいくら?

50円2枚でいくら?

あまりにも二人がはりきってやるので、お店とは関係

ないお金の計算遊びも楽しみました。

頭の中で考えると難しいことでも実際に目の前に

物を並べて数えるとすごく、理解が早いです。


IMG_20180204_110432.jpg


すご~く寒い日に外に行きたいという4歳児さんに

付き合ってお散歩しています。

スキップや後ろ歩き等々、元気いっぱい身体を

動かす子ども達。↓

IMG_20180206_154915.jpg

スキップ上手になってきました~!

IMG_20180206_154917.jpg

こんな感じで、あそびのアトリエでは子ども達が

意識せずにできるようになることがいっぱいです!

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「子どもに正しい体内時計を身に付けさせる」(三池輝久先生)「ヒトの行動発達と生体機能リズム」(小西行郎先生)学習会

3日の土曜日はあそびのアトリエのスケジュールを

やりくりして、三池輝久先生と小西行郎先生の学習会

に参加してきました。

お二人の先生の研究に対する熱い思いが伝わる

あっとい間の貴重な時間でした。

三池先生の研究に基づいた睡眠のお話は、何度も

聞くことで実践と結びついてきます。前回三池先生の

お話を聞いた後に、あそびのアトリエのママ達と睡眠の

話を何度も重ねてきました。並行してNHKの子ども応援

キャンペーン「くう ねる あそぶ」の特集では、ときどき

三池先生や小西先生が出演されていたり、あそびのアト

リエに先生方の著書を数冊置いているので、睡眠や

発達障害の話が多角的な視点からできるようになって

きたように感じています。

三池先生のお話を一部抜粋してご紹介します。

●2歳までに睡眠のリズムを整えることの大切さ

●睡眠と発達障害との関係(早期発見できる)

●睡眠のリズム→起きる時間、寝る時間が毎日同じ

●夜間睡眠→遅くても21時までに就寝7時までに起床

●睡眠時間→10時間睡眠、不足した分は睡眠負債になる

●過剰な夜泣き不機嫌の背景には睡眠障害あり、発達障害の明確な予測因子

●生活リズムは生体リズムのずれをもたらす

●体内時計がズレて狂ってしまうと→日中に居眠り・イライラ感・集中力低下・午前中不調で夕方から活気・対人関係トラブル(被害意識)・成績や生産性の低下・交通事故・怪我をしやすい・学校社会から離脱

三池先生は様々な研究や事例から睡眠の大切さを訴えられ

ていますが、現実の社会生活の中でそれを実行するのは難し

いことも理解されてもいます。「具体的にどうするかは丸投げ

ですが・・・」と苦笑されていました。

小西先生のお話は、「赤ちゃん学会」を立ち上げた思いや

今後は研究者の研究が現場の子ども達のために生かされて

いくことを強く願われていました。

私も同感!!こんなに地を這うような研究が何十年となされ

ているにもかかわらず、子どもと向かい合う現場の変わらなさに

苛立ち、何もできない自分に苛立ち、焦りばかりがあります。

なげいてばかりもいられないので、今現実の問題から目をそら

さずいかなければいけません。幸いにもあそびのアトリエとい

う実践の場でダイレクトに子どもやママ達に届けることができ

ます。しかしながら私の頭で理解してお伝えすることはごく

一部💦もっと頭良くなりた~いと苛立ちを感じてます😢

学習会終了後に小西先生に質問をぶつけてみました。

「園や学校から病院に行くように勧められ

すぐに発達障害という病名がつきお母さん達はとても困

惑されていますが…(略)どう思われますか」

「良い先生もいますが・・・すぐに診断を下すような先生は

あまり信用しないほうがいい」とのこと。

私は具体的に「学校から言われて病院へ行き、病院では

一回の受診で診断がつき、言語療法をすることになり…」

と気になる子のお話をすると「診断は子どもさんの一生が

かかることだから慎重にしたほうがいいですよ。

私だったら言語療法よりもOT(作業療法)たPT(理学療法)

の方をすすめますよ・・・」と答えられました。

小西先生のお話では、赤ちゃんは動くことで脳が発達する

とのこと。そういう面から考えれば、言葉よりもまず動作

からでは・・・と素人の私でも理解できます。

それから「セカンドオピニオンも大切です」とも助言してもらい

ました。

セカンドオピニオンという言葉は耳慣れてきましたが、それでも

まだまだ、医者が言う言葉は神の言葉のように捉える親御さん

は多いものです。

小児科でも様々な専門分野があり、まだまだ原因も解明して

いない「発達障害」に関しては、診断基準はあるものの、

かなり個人の主観がはいるのだろうと推測されます。

子どもは、いつも一定ではなく、家庭環境や気分によって

かなり違ってきますから・・・それを考慮しないで診断される

と「?」な診断がつくのだろうと思われます。

小西先生が言われた「セカンドオピニオン」「信頼できる

医師に」といわれても、現場では信頼できる医師とどこ

でどう出会えるのか?手がかりもありません。

きっと、このような学習する場や赤ちゃん学会が

信頼できる人や場の手がかりになっていくのだろうと

思いますが・・・。

学ぶことはいいことですが・・・これを現場で生かさな

ければ、どんなに素晴らしい知識もただの絵にかい

た餅になってしまいます。

私も身を引き締めて、現場で子どもとかかわる大人

として頑張りたいと思います!


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子どもの不安・怒り・攻撃的な感情はどう処理すればいい?

発表会前後の子ども達の心は、モヤモヤ、イライラ、ピリピリ

しているようです。急に大きな声を出したり、執拗に笛を鳴ら

したり、ロフトベッドからぬいぐるみを落としたり、悪態をつい

たり・・・様々な形で不安や緊張を表出します。

こういう多少のストレスは、ある時期子どもを成長させてくれ

るのかもしれません。
(発表会を奨励するわけでもなく、中身によりますが…どちからというと私の経験上、発表会にはいろんな問題があると思っています。)

そこそこの園の方針なので部外者の私がとやかく

言える立場ではなく、発表会の良し悪しは別にして

家庭でできることは、子どもがストレスを抱えたときに

自分の内側で湧きがるが不安や葛藤を安心して発散

できる場、受け止めてもらえる場が重要ではないかと

感じています。



子どもの心に不安が生じたときに、大人が同じ土俵で

躾をしたり、注意をしてもあまり効果がないことは、

我子の子育てでも、あそびのアトリエの子達からも

学びました💦

とくに4,5歳の子ども達は心のアクセルとブレーキの

コントロールが難しく、アクセルを踏み過ぎると何をや

ってもふざけてばかりで、逆にブレーキが利きすぎると

表情も暗く覇気がなくなります。


私が子ども達と接する中で学んだことは、アクセルとブ

レーキを上手く使いこなせるようになるためには、危険

な時だけは注意はしますが、十分にふざけたり、いた

ずらをしたり、悪態をつきまくって、あーだこーだ言いな

がら発散することが大切だと感じています。

しっかり発散しきった子は下記の写真のように落ち着

いて物に向かって集中したり、大人からの課題に対して

目をキラキラさせて意気揚々とやりだします。


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十分に発散できた子に比べると、安心して発散できない

子は、何がしたいのかはっきりしなかったり、集中力が

持続しなかったり…言葉にするのは難しいのですが、

モヤモヤしたものを抱えている感じがします。

一見、大人からすると問題が表面化しないので、とても

やりやすい子でもあります。

幼稚園や学校などの集団の中では仕方のないこと

かもしれませんが、安全基地である家庭やママの

前では、安心して自分のマイナスな部分もさらけ出

せることが心の安心感につながるのではないかと

思っています。

何度も紹介をしている文章ですが、ウィニコット著

「子どもはなぜあそぶのか」の一部を紹介します。

「攻撃性は取り除かなければならいない悪いもので

あるかのように、子ども達は遊びのなかで「憎しみや

攻撃性を発散している」と一般的に言われています。

子どもにとっては、蓄積された敵意や怒りの体験の結果

が自分自身の中の悪いもののように感じられるので、

このことはある意味では正しいのです。しかし、よく知っ

ている環境の中で憎しみや攻撃的な衝動を表出しても

それに対して環境から憎しみや暴力の報復がなされる

ことがない、ということを発見することが子どもにとって

価値のある、ということの方がはるかに重要なのです。

攻撃的な感情が多少でも受け入れられる形で表出され

た時に、そのような感情に耐えられる環境が子どもの

感じるよい環境ということなのです。子どもの気質の中に

攻撃性が存在することは、事実としてうけいれなければ

なりません。あるがままの状態が包み隠されれたり、

否定されたりすると、子どもは正直ではないと感じます。

攻撃性は痛快なものでしょうが、実際には誰かを傷つけ

たり、あるいは傷つけたと思ったりしますので、子どもは

自分の攻撃的な要素に対処せざるえなくなります。

子どもは自分が怒っている時ではなく遊びの中で

攻撃的な感情を表現する訓練をしますので、この感情

はある程度根本的に処理されます。他の方法は、

攻撃性が究極的には建設的な目的をもつ活動の中で

用いられることです。しかしこれらのことは、子どもは

自分が怒っているときではなく、遊びの中で攻撃的な

感情を表すことによって、社会的な貢献をしているの

です。そのことを見落とさないようにしていくことが

私達の役割です。私達は憎まれたり傷つけられたり

することが好きではありません。しかし、怒りの衝動に

関連する自己懲罰の根底にあるものを無視しては

なりません。」



子どもの不安や怒りや攻撃性を無視せずに、直視

すればするほど、ウイニコットの言葉が胸に響いて

きます。子どもの攻撃性を理解し受け入れる環境

を私達大人が整えることの大切さ感じます。

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「感情の問題について」ジジさんからのコメント紹介

興味深く大切なテーマですね。そして私たちにとって身近な問題だと思います。

赤ちゃんから思春期まで、身体も感情も知性も、それぞれに成熟していきます。そして一つの目標が配偶者選びになっていると思います。

もちろん、結婚するかしないかの自由は、ジブン自身にゆだねられています。このあたりが人間と動物の違うところでしょう。

動物は本能衝動に支配されているようですが、人間は自由意思で決定できる領域があるようですから・・・。

「感情と情動」これはゴチャゴチャニなりがちですね。著書によっても、同じにしたり、使い分けたりしています。

ジジは、情動は感情よりも歴史が古いと考えています。

恐怖や怒りのような情動はネコにも見られます。しかし、両生類や爬虫類や昆虫のような動物には少ないのかも知れません。

高等哺乳類のような、子育てをする動物には、慈しみのようなおだやかな感情が育まれてきたのかも知れません。

動物学者によると、チンパンジーは、笑い顔もするそうです。

人間の赤ちゃんは、不安や恐怖や怒りなどの情動も持っているようですが、生後4カ月もすると、声を出して笑えるようになります。

おおむね不安や恐怖や怒りなどのような情動は、攻撃性を誘発しやすいでしょうし、感情は行動から来る派生物だということですが、おだやかな行動はおだやかな感情を育むのかも知れませんね。

「恐怖や怒り」は激しい感情として感じられますが、原初的な情動と結びついていて攻撃性を誘発しやすいのかも知れません。

アタッチメント理論では、怒りは行動の修正を求めるサインだそうです。赤ちゃんは泣くことで、ママに要求を満たしてほしいと訴えるのでしょうね。

怒りの背景には不安や恐怖が有って、それが満たされると落ち着くでしょうし、
それが満たされないと、不安や恐怖が行き場を失ってしまいます。そして行き場を失った不安や恐怖は、再び怒りの温床になるのでしょう。

母と子のアタッチメントでは、このやり取りが大切なのだと思います。

ボールビーはこのあたりのことを「子どもの取り扱い方」と言う言葉で警告しています。

「ほとんどの人間は、一生のどの時点かにおいて、子どもを持ちたいと熱望し、また、その子どもたちが、健康で、幸福で、自立した人間に育ってほしいと願っていると、私は信じている。そのことに成功した人々にとっては、見返りは大きいものである。しかし、子どもを持っていても、その子どもたちを健康で、幸福で、自立した人間に育てられなかった人々にとって、不安、苛立ち、軋轢、そして多分、恥や罪悪感といったペナルティーは厳しいものであるあるかもしれない。だから、親であることを引き受けるということは、大きな賭けである」

「感情の問題」一つとっても難しいですね。

障害のある子どもを持った母親が「それは、母親の責任ではない」ということは、そうだと思います。そうだとしても「母親は責任を持たなければならない」と言う言葉は、切ないですね。

ジジはそうした立場に立たされたことはないのですが、「障害とはなんだろう?」と思うことはあります。発達に凸凹があるにしても、希望を持って生きられないということではないのかも知れません。

多くの障害はそのものよりも、社会の偏見が生み出しているのかも知れません。

発達障害の場合は、比較的目立ちやすいですが、情緒障害の場合は外側からは分からない。そういう意味では誰でも大なり小なりの凸凹をもっているのかも知れません。

レオさんが言うように、発達障害がある場合は、情緒障害としての二次障害を起こさないようにと思いますね。

ウィニコットによると「あそぶこと」ができれば大丈夫ということです。

「子どもの、あそぶ能力に重きをおきなさい。子どもがあそべるのなら、つまり一人でも、他の仲間と一緒でも、あそぶことを楽しむことができるなら、一つや二つの症状があったとしても、深刻に心配するようなことは何も起こっていないのです。このあそびの中で豊かな想像力を使うことができるのなら、たとえその子どもに夜尿やドモリがあったとしても、怒ってひきつけたとしても、また癇癪や発作、抑うつ状態を繰り返したとしても、あなた方は十分幸せだと思って良いのです。あそぶことは、子どもがほどよい安定した環境を与えられると、その子なりの生き方を見つけ、やがて世間の人に十分歓迎され、望まれる人になる力のあることを示しているのです」

「あそぶこと」これも奥行きの深いテーマです。

「安全基地とは何か?」

これからも考え続けて行きたいですね。

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