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外の世界と内の世界のバランス

誰でも、自分の内側と自分の外側の世界を持っています。

自分の内側の世界を基準にする人は内向タイプ

自分の外側の世界を基準にする人は外向タイプと

いうのだそうです。

例えば、同じ絵画をみて、内的タイプは、周囲の評価よりも

自分の好きか嫌いが大切で、外向タイプの人は周囲の評価

が優先され、それが基準になったりする。

そういう個人の資質プラス、文化的な影響を受けるのだと

考えています。

日本社会は同調圧力が強いので、内向タイプの人には

生きづらい社会だなあと感じています。

個人の考えよりも集団の輪が優先されてしまうような。



子ども達も、新年度がはじまり、みんな新たな環境に適応

するために頑張っています。

人は環境を受け入れつつ、自分の場を見つけて、適応しな

ければいけません。敏感な子ども達にとっては、部屋が変わ

った、先生が変わった、クラスが変わった、新しいお友達が入っ

てきた等々、大人からすれば小さな出来事に見えることでも、

世界が一変するくらいの大きな出来事なのかもしれません。

我家の娘も、小学や中学の入学時はとても大変で

小学校では「学校に行きたくない」と」毎朝1か月くらいは泣いて

通学し、中学では「行きたくない」とは言わないものの、入学して

直ぐに2度もインフルエンザに罹りました。

子どもにもよりますが、心や身体が新しい環境に慣れるまでは

とても疲れるのでしょう。私もそのタイプなのでよくわかります。


あそびのアトリエに来ている子ども達をみていても、この時期は

心がザワザワして、ママに甘えたり、反抗したりで、遊びに集中

できない子が多くいます。



性格的な傾向はあっても、誰しもどちらの影響も受けながら

自分らしく、自分の居心地のいい環境を作りたいと思って

いるのではないでしょうか?

私自身、自分の中の価値観と、外側にある価値観のズレや

摩擦が起こったときに落ち込んだり悩んだりします。

内向タイプとはいっても、やはり社会の中で生きていくため

には、自分がどんな形でどんな方法で外の世界とつながる

のかも重要なことです。


子ども達をみていると、敏感に外の世界のことを感じる子は

皆と上手くできる一面もありますが、反面、自分の内側での

折り合いがつかずにジタバタしているようにみえます。

特に、3。4.5歳児さんは、「自分の思い通りになるはずの

世界」が、もしかしたらそうではない危機を感じはじめると

ママや私に対して、悪態をついたり、暴力的になったり、、

反抗したり、本人自身もコントロールできない感情が湧き

上がって爆発するようです。

幼児期にそういう感情と向き合い、自分でコントロールする

経験をすること、その感情を一緒に受け止めてくれる大人が

いることは、感情が育つという意味では大切なことだと

思っています。

子どもにとって、病気をしない、負の感情を出さないことが

良いわけではなく、病気をすることで体が強くなり、内面に

ある負の感情を出すことで感情のコントロールができる

ようになると思っています。

4月は新たな世界へと踏み出す季節。新たな世界に適応

するためには、外の世界を取り入れなければいけません。

取り入れた外の世界の価値観と自分の内の世界とを上手く

統合させるには、少しばかりジタバタする時間が必要なの

かもしれません。

この課題は大人にとっても難題ですが…



内向タイプと外向タイプ、内の世界と外の世界をごっぢゃに

なって書いてしまいました。互いに影響を受けているという

こともあるので…わかりづらくて申し訳ないです。


目に見えるものではありませんが、私が大切にしたい

ことです。









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エリクソン著「玩具と理性」から子どもの遊びについて考えてみました

同じ形を見つけてはめ込む↓

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素材を使って意味のあるものを作る↓

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黒いトレーでカブトムシができました↓

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積木を重ねる、並べる↓

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線路をつないで町を作る↓

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上記の写真のような子どもの遊びに何の意味があるの

でしょうか?

エリクソン著「玩具と理性」の中にはこう記されています。

「成人は年齢を重ねるにつれて遊びを重大なものとも有益な

ものと考えなくなり、それを人間の中心的な課題や動機とは

無関係なものと考えるようになる。成人が遊びの中に「気晴

らし」を求めるのは、その表れである。(略)子どもの遊びの

理論のひとつは、熱烈な反カルヴィニストの如くあらゆる年齢

におけるあらゆる遊びはそれ自体が完全な目的(しかも神聖

な目的)でなければならいと宣言する。一方、種々の発達理論

は子どもの遊びを成長と学習のために不可欠な条件とみなし

また種々の臨床理論は重苦しい内面的問題の解決という

課題を遊びに担わせてきた。」


難しい言葉で書かれていますが、その立場によって

子どもの遊びの解釈が全く違った視点でとらえられて

いることは理解できます。どれも間違っているとは

思いませんが、かもすると、大人の都合で偏った解釈

をしないように気を付けなればいけません。

「あらゆる子どもが、小さな舞台の上に玩具を配列する

機会を与えられると、熱心に架空の話を作りながら

あるものは真面目に組織的に、或るものは突然「閃いた

アイディア」を元にそれに取り組み始めるのである。」

「遊びを通して、世界の雛型がつくられ、経験が処理され

現在は劇化され、再び生への希望を強化するという。」


私は宗教家でも、精神分析家「でもありませんが、子ども

が、積木や線路や木や人形や調理器具等の玩具を

使って、誰から支持されることもなく、何の報酬もない

のに、何故ここまで夢中になれるのだろう?と不思議に

感じます。そして、その行為にどんな意味があるのだ

ろうか?と興味をそそられます。

そのような子どもの遊びに、敬意を表して仲間に入れ

てもらうと、今まで見えなかった子どもの内側にある

豊かな世界に触れることができます。
(これは私が感覚的に感じることなのですが…)

深いところで理解し合えるためか、あそびのアトリエの

子ども達とは月に1~2回の短い時間を共に過ごす

だけなのですが、とても親密な深い関係を築くことが

できます。

「遊びの大切さ」についてたくさんの人に理解して

もらいたいと考える一方で、大人の思惑で「遊び」を

神聖なものにしたり、発達や学習のためのものに

したり、精神分析するためのものにしたり、してしま

うと、本来の子どもの遊びの可能性が狭められるの

ではないかと危惧します。

あそびのアトリエでは、できるだけピュアな状態で

子どもが自然に遊べる環境や雰囲気を大切にしたい

と考えています。

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ジジさんからのコメント「田中昌人・杉江教授の発達理論について」

田中昌人・杉江教授の発達理論によると・・・・・、生後第一の「新しい力の誕生」は、生後4か月頃でした。

そして、

生後第二の「新しい力の誕生」は生後10か月頃、生後第三の「新しい力の誕生」は、5歳半頃とされています。

では、それぞれの段階での「新しい力」とはなんでしょう?

端的に捕えると、

第一段階では「見たものに手を伸ばす」ということで、「感覚系と運動系の協応ができはじめている」と言うことのようです。

第二段階の「新しい力」としては、話し言葉の獲得として「ゆびさし」がありま
す。ここから文化へ参入していくようです。

第三段階の「新しい力の誕生」としては、「ジブンの意図」があります。

田中昌人・杉江理論によると、ここ(5歳半)から7歳までの課題として、

「ジブンの意図に従って、トモダチの意図を理解し、協同でものごとを展開すること、もしくは目的を達成すること」になっています。

そのためには第三世界である、子どもたちが繰り出していく「道草の場」が必要なのですが・・・。残念ながら少なくなってきていますね。


写真の生後5か月の赤ちゃんは、目の前の吊り輪に右手を差し出していますから、感覚系と運動系が協応できてきている、ということでしょうか。

これで概ね、第一段階の回転軸可逆操作の階層をクリアーし、第二段階の連結可逆操作の階層への準備が整ってきているということです。

言葉がむつかしいですね。

この連結可逆操作の階層が6か月から12か月の間で、上肢と下肢の運動系の協応(寝返りやハイハイ)、それから感覚系と運動系の協応(音源を探そうとしたり、見たものを手を伸ばして捕える)、正中線を挟んで右半身と左半身の協応(ハイハイしたり・積み木を両手に持ってパチパチ撃ったり)などを充実させながら第三段階のへ向かうということです。

いずれも赤ちゃんが自発的に運動することで身につけていくものです。

私たちにできることは、安心できること、安全なこと、適切な好奇心の対象を用意することくらいですね

さて10か月くらいになると「志向の指さし」が見られ、これが第二の新しい力の誕生ということですが、12か月くらいになると「定位のゆびさし」になり、18か月くらいで「可逆の指さし」ができるようになるといことです。定位の指さしは「ワンワン」と言う言葉への手がかりであり、可逆の指さしは「ワンワン、ニャンニャン」など1語文を分化させる原動力になってくるとともに、コミュニケーションの基軸になってくると言っています。

ここから一次元の文化世界を形成し、2才から4才にかけて2次元の文化世界を形成し、2次元の可逆操作を挟みながら、三次元の文化世界を形成し、第3の新しい力として、5歳半ごろに、ジブンの意図をもって目的を達成しようとする力が芽生えてくるということのようですね。

生後4か月、生後10か月、生後5歳半、それぞれ1・2・3と段階は違いますが、新しい力として「志向性が芽生えてくる」というところで共通しています。

いずれも、生理的基盤を基にしながら、子どもが自らあそぶことで、環境を利用し身に付けていくのもです。

田中昌人は、京都大学卒業後、障がい児などの教育に携わって研究を重ねていたようです。大月書店の「子どもの発達と診断」は、10年ほどの歳月をかけた、臨床的継続的な研究の成果です。その後、京都大学の名誉教授になっていますね。

良い本に出会うことができたと思います。




田中先生の本は言葉が難しいのですが、とても丁寧に

子どもを観察されています。子どもに携わる仕事をして

いる人がきちんと発達について学ぶことは、仕事の

スキルアップ=子どもをみる視点を広げ、より子どもを

理解することにつながります。

子どもは自分を理解してくれる人を直感的に見分け

理解してくれる人には心を開きます。

双方向のコミニュケーションがとれるようになると

子どもの世界を広げる足がかりを作ることができます。

いろんなことはありますが、幼児期の子育ては大人の

一方的な躾や教育よりも子どもの内なる発達や感情に

目を向けて、ジジさんが言われうように

安心できること、安全なこと、

     適切な好奇心の対象を用意すること


が一番大切なことだと私は考えています。

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原点にかえって~子どもの発達~

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リボンクラブの柱にしている田中晶人氏の「子どもの発達

と診断」の本を改めて学習をしようということで、あそびの

心理研究所のジジさんが要点をまとめて頂きました。

もう一度原点に帰って学び直します。

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まわり道をしながら葛藤を乗り越える子ども達

3歳の〇君と2歳の☆ちゃんのリボンクラブでの出来事。

☆ちゃんが遊んでいいたいたいないいないばあ人形を

〇君も欲しくなり「かして」といって力づくで取り上げました。

☆ちゃんはママに抱っこをされて〇君を悲しげに見つめています。

〇君は人形を手にして一瞬満足したものの…「☆ちゃん貸して

いいよって言ってないんしゃない?」と私が問いかけると

しばらく考え込んで「レオさん上にのせて」とその人形をロフト

ベットの上にのせてくれとお願いされました。

私が「☆ちゃんまだ人形で遊びたいんじゃない?」と言うと

〇君は一人で椅子を抱えてきて、人形をロフトベッドの上に

のせ始めました。椅子1つでは届かなそうだったので

二つ目を持ってきてのせようとしますが、上手くいきません。

私も見るに見かねて、下は机の方がいいんじゃない?とアド

バイスしてお手伝いをしました。〇君は何とか人形を

ロフトベッドにのせることができ満足している様子でした。

そして次の行動は、階段からロフトベッドに自分が上り人形

を取ってきました。それから、☆ちゃんにその人形を自分で

手渡しました。

周囲の大人は「え~!!そんなに回りくどいの?!」と驚きです。

とはいっても、〇君が「葛藤」を乗り越えるためには必要な時間

だったのかもしれません。

「人形が欲しい!」という衝動と「人形を返さなければいけな

い?」という葛藤は大きなものだと感じます。

「自我」が育つ時期なので、大人の言いなりにはなりたくないと

いう年齢でもあり、葛藤はさらに大きなもになります。



さて、ここで大人はどういう態度を取った方がいいのか?

考えさせられます。

たぶん、個人の感覚で様々な対応になると思いますが

大きな二つをあげると~

●人に気遣いをするお母さんであれば、おもちゃを取り上げて

  お友達に返す。

●子どもの意思を尊重するお母さんであれば、黙ってみている。

(又は、全く子どもの方をみていないお母さん。このパターンも
多いかもしれませんが、これは論外にします。)

私なんかは、我子が取られたときには、黙ってみておけるけど

我子が取ったときには、いたたまれずに取り返して返す親でした。

一見、良い母親にみえますよね。

でも今振り返ると反省する点が多々あります…。

私の本音のところは、人から悪い親に見られたくないという自己

中心的な考えと、一方で泣いているお友達が可哀そうだという

良心的な気持ちもありました。

本音が悪いわけでも、良心的な気持ちが悪いわけでもなく、我子に

対して、〇君のように考える時間を与えていなかったことを反省

しています。

大人は事実を前にして結果どうするかを考えがちですが、

子どもにとってみれば、自分の気持ちをどう整理して、どう行動を

すればいいのか?お友達の気持ちを考えたり、お母さんはどうして

欲しいのかを考えたり…様々なことを考え、悩み、葛藤する時間が

必要ではないかと思います。

ジョン・ボウルビイは「葛藤は不健康なものではない。全く

その反対です。葛藤は、誰にとっても正常な状況です。
」と

言っています。



幼い子ども達が「葛藤」を乗り越えるためには「罰や

恐怖心」ではなく、親から「安心と愛情」を注いでもらうことが

大切なことだ
とボウルビイは言ってます。

私も同感です。


〇君の葛藤する様子から、私達大人はたくさん学ぶことが

できます。

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