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あそびの心理研究所 ジジさんからの課題

「子どもの遊びはゲノムに登録されているのか?」

というテーマの資料を頂きました。

何だか難しそうですが、面白そうなテーマです!


ミミズやクモや渡り鳥、犬や猫は、生きるための技術を

誰かに教えてもらっているのか?

それともゲノムに登録されているからできるのか?

では人間の子どもは・・・?

今、いろんな分野の研究者が研究をしているテーマ

なのだそうです。

報酬を与えて子どもの行動を変えるという教育方法も

あります。そして一定の成果を出すことも知られています。

しかし、あそびのアトリエであそぶ子ども達は、

何の報酬もないのにどうして夢中になって遊べるのか?

よく考えてみると他の動物にはない不思議な行動です。

子犬はじゃれ合って遊び、子猫は小さな箱や袋に入ったり

玉とりをして遊ぶ姿はよく見かける光景ですが、動物の

遊びはそんなにバリエーションが多くはないですよね。

私の知る限りでは・・・

人間の赤ちゃんや子どもの遊びはバリエーション豊富で

本当によく遊びます。

遊ぶ→エネルギー消耗→お腹を満たす→遊ぶ

遊ぶためにエネルギーを補充しているようにみえます。

真剣な表情で遊ぶ子ども達↓

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ここまで真剣に遊ぶ子ども達の姿を目の当たりに

するたびに、私達大人の思い込みで子ども達が

進化しようとしている過程を邪魔しないようにしな

ければいけないと常々考えています。

勿論、大人が教え導く教育も尊いものですが

でもそれ以前に、子どものゲノムの中に遊びのプロ

グラムが組み込まれているのだとしたら…

私達は子どもをどう理解して、向き合えばいいのか

真摯に考えていかなければいけない問題ではない

しょうか?

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ジジさんのコメント~経験したことを表現することの意味とは?~



レオさんが言われるように・・・。

子ども時代の「あそび」の重要性を、理論的にも実践的にも伝えて行けるといいですね。

それにしても「3歳の女の子が作った積み木のお家」完成度から言っても素晴らしいです。

> 子どもたちが、バスに乗って幼稚園に登園、男の子と女の子が綺麗に並んでいます。<

> みんな座ります。先生が絵本の読み聞かせをしているところ <


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先日、浜松市の昭和幼稚園の園長先生のブログで、シニフィアンとシニフイエと言う言葉を教えていただきました。

シニフイァンは、記号表現のことで、たとえば「うみ」という音声、もしくは「海」という文字のことです。

シニフィエは、海のイメージもしくは砂浜で経験したデキゴトのことです。

海岸に出かけて、「海は広いな」と目にしたこと、もしくはそう感じたことがシニフィエ。そのことを家に帰ってママに「海は広いね」と言うと、話し言葉のシニフィアン(音声記号)で伝える。絵に描いて表すと記号表現によるシニフィアン、作文で表すと文字記号によるシニフィアンということです。

シニフィエは、見たり、聞いたり、手で触ったりして感じとったできごと。
シニフィアンは、それらのイメージを何らかの記号で伝えることですね。

以前、学習した「児童の震災マニュアル」の中で「おもちゃはことば」がありました。

そこから見ると・・・。

「3歳の女の子が積み木で作ったお家」は、意味するものとしてシニフィアンになります。

 そして、日常の経験の中で、お家にまつわる経験が、意味されるものとしてのシニフィエになります。


経験すること、そこで感じとったことがシニフィエであり、それを記号表現すること、これがシニフィアンですね。

このように考えると、1歳半の子どもから見られる「延滞模倣」も身体表現によるシニフィアンと見ることができます。

最近ジジは「子どものあそびはゲノムに登録されているか?」というテーマに取り組んでいます。

モンテッソーリが、子どもの発見の中で「子どもの中に教師が住んでいるとしか思えない」という感嘆の言葉を述べていますが、「ゲノムに登録されているとしか思えない」と言う感じです。

> 男の子と女の子がきれいに並んでいます。みんな座ります。先生が読み聞かせをしているところ <

素晴らしいです。

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もし子どもたちに経験をさせないで、シニフィアン(記号)もしくは記号の操作だけを教えているとしたら、子どもたちは「意味のないことをさせられている」と感じるかも知れません。

子どもたちのあそびの重要性を「あそびのアトリエ」から伝えて行けるといいですね。ジジも頑張りたいと思いました。

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外の世界と内の世界のバランス

誰でも、自分の内側と自分の外側の世界を持っています。

自分の内側の世界を基準にする人は内向タイプ

自分の外側の世界を基準にする人は外向タイプと

いうのだそうです。

例えば、同じ絵画をみて、内的タイプは、周囲の評価よりも

自分の好きか嫌いが大切で、外向タイプの人は周囲の評価

が優先され、それが基準になったりする。

そういう個人の資質プラス、文化的な影響を受けるのだと

考えています。

日本社会は同調圧力が強いので、内向タイプの人には

生きづらい社会だなあと感じています。

個人の考えよりも集団の輪が優先されてしまうような。



子ども達も、新年度がはじまり、みんな新たな環境に適応

するために頑張っています。

人は環境を受け入れつつ、自分の場を見つけて、適応しな

ければいけません。敏感な子ども達にとっては、部屋が変わ

った、先生が変わった、クラスが変わった、新しいお友達が入っ

てきた等々、大人からすれば小さな出来事に見えることでも、

世界が一変するくらいの大きな出来事なのかもしれません。

我家の娘も、小学や中学の入学時はとても大変で

小学校では「学校に行きたくない」と」毎朝1か月くらいは泣いて

通学し、中学では「行きたくない」とは言わないものの、入学して

直ぐに2度もインフルエンザに罹りました。

子どもにもよりますが、心や身体が新しい環境に慣れるまでは

とても疲れるのでしょう。私もそのタイプなのでよくわかります。


あそびのアトリエに来ている子ども達をみていても、この時期は

心がザワザワして、ママに甘えたり、反抗したりで、遊びに集中

できない子が多くいます。



性格的な傾向はあっても、誰しもどちらの影響も受けながら

自分らしく、自分の居心地のいい環境を作りたいと思って

いるのではないでしょうか?

私自身、自分の中の価値観と、外側にある価値観のズレや

摩擦が起こったときに落ち込んだり悩んだりします。

内向タイプとはいっても、やはり社会の中で生きていくため

には、自分がどんな形でどんな方法で外の世界とつながる

のかも重要なことです。


子ども達をみていると、敏感に外の世界のことを感じる子は

皆と上手くできる一面もありますが、反面、自分の内側での

折り合いがつかずにジタバタしているようにみえます。

特に、3。4.5歳児さんは、「自分の思い通りになるはずの

世界」が、もしかしたらそうではない危機を感じはじめると

ママや私に対して、悪態をついたり、暴力的になったり、、

反抗したり、本人自身もコントロールできない感情が湧き

上がって爆発するようです。

幼児期にそういう感情と向き合い、自分でコントロールする

経験をすること、その感情を一緒に受け止めてくれる大人が

いることは、感情が育つという意味では大切なことだと

思っています。

子どもにとって、病気をしない、負の感情を出さないことが

良いわけではなく、病気をすることで体が強くなり、内面に

ある負の感情を出すことで感情のコントロールができる

ようになると思っています。

4月は新たな世界へと踏み出す季節。新たな世界に適応

するためには、外の世界を取り入れなければいけません。

取り入れた外の世界の価値観と自分の内の世界とを上手く

統合させるには、少しばかりジタバタする時間が必要なの

かもしれません。

この課題は大人にとっても難題ですが…



内向タイプと外向タイプ、内の世界と外の世界をごっぢゃに

なって書いてしまいました。互いに影響を受けているという

こともあるので…わかりづらくて申し訳ないです。


目に見えるものではありませんが、私が大切にしたい

ことです。









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エリクソン著「玩具と理性」から子どもの遊びについて考えてみました

同じ形を見つけてはめ込む↓

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素材を使って意味のあるものを作る↓

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黒いトレーでカブトムシができました↓

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積木を重ねる、並べる↓

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線路をつないで町を作る↓

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上記の写真のような子どもの遊びに何の意味があるの

でしょうか?

エリクソン著「玩具と理性」の中にはこう記されています。

「成人は年齢を重ねるにつれて遊びを重大なものとも有益な

ものと考えなくなり、それを人間の中心的な課題や動機とは

無関係なものと考えるようになる。成人が遊びの中に「気晴

らし」を求めるのは、その表れである。(略)子どもの遊びの

理論のひとつは、熱烈な反カルヴィニストの如くあらゆる年齢

におけるあらゆる遊びはそれ自体が完全な目的(しかも神聖

な目的)でなければならいと宣言する。一方、種々の発達理論

は子どもの遊びを成長と学習のために不可欠な条件とみなし

また種々の臨床理論は重苦しい内面的問題の解決という

課題を遊びに担わせてきた。」


難しい言葉で書かれていますが、その立場によって

子どもの遊びの解釈が全く違った視点でとらえられて

いることは理解できます。どれも間違っているとは

思いませんが、かもすると、大人の都合で偏った解釈

をしないように気を付けなればいけません。

「あらゆる子どもが、小さな舞台の上に玩具を配列する

機会を与えられると、熱心に架空の話を作りながら

あるものは真面目に組織的に、或るものは突然「閃いた

アイディア」を元にそれに取り組み始めるのである。」

「遊びを通して、世界の雛型がつくられ、経験が処理され

現在は劇化され、再び生への希望を強化するという。」


私は宗教家でも、精神分析家「でもありませんが、子ども

が、積木や線路や木や人形や調理器具等の玩具を

使って、誰から支持されることもなく、何の報酬もない

のに、何故ここまで夢中になれるのだろう?と不思議に

感じます。そして、その行為にどんな意味があるのだ

ろうか?と興味をそそられます。

そのような子どもの遊びに、敬意を表して仲間に入れ

てもらうと、今まで見えなかった子どもの内側にある

豊かな世界に触れることができます。
(これは私が感覚的に感じることなのですが…)

深いところで理解し合えるためか、あそびのアトリエの

子ども達とは月に1~2回の短い時間を共に過ごす

だけなのですが、とても親密な深い関係を築くことが

できます。

「遊びの大切さ」についてたくさんの人に理解して

もらいたいと考える一方で、大人の思惑で「遊び」を

神聖なものにしたり、発達や学習のためのものに

したり、精神分析するためのものにしたり、してしま

うと、本来の子どもの遊びの可能性が狭められるの

ではないかと危惧します。

あそびのアトリエでは、できるだけピュアな状態で

子どもが自然に遊べる環境や雰囲気を大切にしたい

と考えています。

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ジジさんからのコメント「田中昌人・杉江教授の発達理論について」

田中昌人・杉江教授の発達理論によると・・・・・、生後第一の「新しい力の誕生」は、生後4か月頃でした。

そして、

生後第二の「新しい力の誕生」は生後10か月頃、生後第三の「新しい力の誕生」は、5歳半頃とされています。

では、それぞれの段階での「新しい力」とはなんでしょう?

端的に捕えると、

第一段階では「見たものに手を伸ばす」ということで、「感覚系と運動系の協応ができはじめている」と言うことのようです。

第二段階の「新しい力」としては、話し言葉の獲得として「ゆびさし」がありま
す。ここから文化へ参入していくようです。

第三段階の「新しい力の誕生」としては、「ジブンの意図」があります。

田中昌人・杉江理論によると、ここ(5歳半)から7歳までの課題として、

「ジブンの意図に従って、トモダチの意図を理解し、協同でものごとを展開すること、もしくは目的を達成すること」になっています。

そのためには第三世界である、子どもたちが繰り出していく「道草の場」が必要なのですが・・・。残念ながら少なくなってきていますね。


写真の生後5か月の赤ちゃんは、目の前の吊り輪に右手を差し出していますから、感覚系と運動系が協応できてきている、ということでしょうか。

これで概ね、第一段階の回転軸可逆操作の階層をクリアーし、第二段階の連結可逆操作の階層への準備が整ってきているということです。

言葉がむつかしいですね。

この連結可逆操作の階層が6か月から12か月の間で、上肢と下肢の運動系の協応(寝返りやハイハイ)、それから感覚系と運動系の協応(音源を探そうとしたり、見たものを手を伸ばして捕える)、正中線を挟んで右半身と左半身の協応(ハイハイしたり・積み木を両手に持ってパチパチ撃ったり)などを充実させながら第三段階のへ向かうということです。

いずれも赤ちゃんが自発的に運動することで身につけていくものです。

私たちにできることは、安心できること、安全なこと、適切な好奇心の対象を用意することくらいですね

さて10か月くらいになると「志向の指さし」が見られ、これが第二の新しい力の誕生ということですが、12か月くらいになると「定位のゆびさし」になり、18か月くらいで「可逆の指さし」ができるようになるといことです。定位の指さしは「ワンワン」と言う言葉への手がかりであり、可逆の指さしは「ワンワン、ニャンニャン」など1語文を分化させる原動力になってくるとともに、コミュニケーションの基軸になってくると言っています。

ここから一次元の文化世界を形成し、2才から4才にかけて2次元の文化世界を形成し、2次元の可逆操作を挟みながら、三次元の文化世界を形成し、第3の新しい力として、5歳半ごろに、ジブンの意図をもって目的を達成しようとする力が芽生えてくるということのようですね。

生後4か月、生後10か月、生後5歳半、それぞれ1・2・3と段階は違いますが、新しい力として「志向性が芽生えてくる」というところで共通しています。

いずれも、生理的基盤を基にしながら、子どもが自らあそぶことで、環境を利用し身に付けていくのもです。

田中昌人は、京都大学卒業後、障がい児などの教育に携わって研究を重ねていたようです。大月書店の「子どもの発達と診断」は、10年ほどの歳月をかけた、臨床的継続的な研究の成果です。その後、京都大学の名誉教授になっていますね。

良い本に出会うことができたと思います。




田中先生の本は言葉が難しいのですが、とても丁寧に

子どもを観察されています。子どもに携わる仕事をして

いる人がきちんと発達について学ぶことは、仕事の

スキルアップ=子どもをみる視点を広げ、より子どもを

理解することにつながります。

子どもは自分を理解してくれる人を直感的に見分け

理解してくれる人には心を開きます。

双方向のコミニュケーションがとれるようになると

子どもの世界を広げる足がかりを作ることができます。

いろんなことはありますが、幼児期の子育ては大人の

一方的な躾や教育よりも子どもの内なる発達や感情に

目を向けて、ジジさんが言われうように

安心できること、安全なこと、

     適切な好奇心の対象を用意すること


が一番大切なことだと私は考えています。

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