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ゆっくり しっかりと・・・がんばれ新一年生!

大阪のジェリーさんが小学校に入学した子どもさん

のステキなエピソードが書かれています、

ジェリーさんのブログ→ゆっくり大きくな~れ

お友達とお話すること、お友達と約束をすること…

とっても大変なことなんだなぁ~と改めて感じます。

心の葛藤を乗り越えて頑張っている姿が目に浮か

びます。



子ども達は1年生になって、期待、希望、頑張ろうとする

気持ち、初めてのことばかりで、ドキドキしたりハラハラ

したり、いろんな思いで学校に通っているんだろうなぁ~

と想像します。

そんな子ども達を見守るお母さんも、期待と不安で

胸がいっぱいになる時期ですよね。


自分の力で成長しようとしている子ども達~

あせらず ゆっくり 見守っていきたいですね。

がんばれ新1年生!!




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虹色教室奈緒美先生の記事を紹介「親御さんへのダメ出し」

虹色教室の奈緒美先生が「親御さんへのダメ出し」という

タイトルでいくつも記事を書かれています。→

「ダメ出し」と言われるとドキッとするかもしれませんが、内容

は奈緒美先生のお母さん達に対するあたたかいメッセー

ジが込められていて、自分を見つめなおす上で参考になる

記事です。



この子たちが、「私という大人」がこれをどう判断するか、どう裁決するかによって、自分たちの行為が悪にも善にもなるし、これから先の損得が決まると捉えているかのようでした。
子どもたちが何か考えたり、決めたり、揉めたりするたびに、大人が神様のような視点から有無を言わせぬ「正しい」介入をして、解決してしまうことが多いと、子どもは自分の心や頭のスイッチを切ってしまったような状態で、「こういうルールだからこうなんだ」とか「お母さんが言ってたからこうなんだ」とか「先生がこう言ってるんだ」と自分の立場を主張するばかりで、相手の気持ちを思いやったり、自分たちで創造的にいい提案をして問題を解決していこうとする姿勢が失われます。
ちょっとこすいくらい自分に都合のいい「言い方」さえできたら、「大人が納得して自分の味方をするかどうか」を体験した事実よりも重要なことのように扱いはじめるのです。
もちろん、しつけや善悪の基準や公平不公平ということについて、大人がはっきり「正しさ」をしめさないといけない場面はたくさんあります。集団生活を始める年齢になれば、その場の基本ルールの決定権を誰が持っているのか理解することは大事です。
でも、日常のささいな揉め事は、子どもたちが自分で失敗し、自分でさまざまな感情を体験し、自分たちで意見し合って、稚拙ながらも、「だったらこうしたら?」「こうしようよ」と解決していくのを見守る必要があると思っているのです。
大人はそこで行き過ぎないように気を配ったり、心が傷ついていたらサポートしたり、考えが偏っていたら別の視点をしめしたり、自分がその子の立場になったらどう感じるか想像させたりする程度で十分で、解決まではしないのが私のスタンスです。




親子の関係って十人十色・・・上手くいっている人の真似を

したからといって、子育てが上手くいくことはありません。

親の生い立ちや性格、子どもの気質や家庭環境、社会状況

等々・・・様々な要素が絡み合って歯車が回っています。

しかし、どんなに絡まった糸も元をたどっていけば母と子の

関係性を基盤に様々な関係性が不随してくるのではないか

と思っています。だからとって、お母さんだけに責任がある

のだとも考えていません。

母と子の関係だけでは絡まりそうな糸をほぐす役割の人が

大切なのだなぁと改めて感じます。


真面目に子どもにかかわる仕事をしていらっしゃる方と

お話をすると、必ず「親子関係の大切さ」を皆さん口を

揃えたかのように強調されます。

私自身、あそびのアトリエで、母子関係の歯車が上手く

回りだすと、子どもが大きく成長していく姿をたくさんみて

きました。

それは、奈緒美先生がブログでも書かれているように

何かを達成できたとか、何かをやったから変わったという

ような表面的なことではなく、お母さんが自分を見つめ直し

たり、自分の思いを話せたり、自分自身の矛盾した気持ち

に気付いたり、心から子どもの気持ちに共感出来たり

ささやかなことがきっかけになるのだと感じています。



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「こころ」を育てる~正直に生きるとは?~

あそびのアトリエの子ども達のママの中には

学校、幼稚園、保育園、放課後等デイサービス等…

子どもとかかわる仕事をされている方も多くいらっしゃ

います。そこで話題になるのが子どもに対する考え方

の違いです。

教育現場では、課題に対しての成果が求められます。

もちろんそれは当たり前のことかもしれません。

しかし、その成果は誰のためのものでしょうか?

「子どものため」と言いながら、実際には自分(先生)

の都合ということに違和感を感じるそうです。

躾や教育は大人が指導しなければいけないもの

という考えが主流で、子どもの気持ちは全く無視され

大多数の子は、先生の方針に適応するか、又は

反抗する子は怒られながら頑張っているのだそうです。

30年前に私が勤めていた保育園での光景を思い出し

今だに変わらない現場を想像すると胸が痛みます…

その頃と変ったことといえば、反抗したり、適応できない

子に「発達障害」というレッテルを貼り、子ども側だけの

問題にされて、大人側は自分の問題又は社会の問題

としてとらえることはありません…。

社会性や身体能力や知的能力は成果がみえやすく

限られた期間では評価しやすく、達成感があるでしょう。

しかし、その土台となる「情緒面」は大切に考えられてい

ない現実があります。


あそびの心理研究所のジジさんは、「こころ」の大切さを

探求されています。私達スタッフはその理論に共感し、

学びながら日々実践を積み重ねています。





ウイニコットは、罪悪感を感じる能力は、アンビバレンス

に耐えることと愛と憎しみの双方の責任を受け入れること

であると説明した。

フロイトは、幼少期に私達が兄弟や両親に対して関心や

愛情を向けるとともに、怒りや憎しみの感情を抱くことは

例外的なことではなく一般にみられることである。と仮説

をたて、又こうも述べています。すべての神経症において

症状の背後に抑圧された本能がみられます。…憎しみは

無意識に愛により抑圧されています・・・・・(略)

現在では、多くの心的疾患の基盤にあるのは、この葛藤

から生じる恐怖や罪悪感であり、常習非行を含めた多くの

性格異常の基盤にあるのは、この恐怖心や罪悪感を直視

できないことにあるのがわかっています。(略)

敵意や嫉妬の感情を、率直に直接的に、自然のまま表現

できることは、子どもにとって何よりも助けになります。

たとえば「私はお母さんを憎んでいる」とか「お父さんは人

でなしだ」といった表現を沈着に受け入れてやることほど

価値のある親の役割はないと私は思います。

こうした爆発に耐えることによって、自分たち両親は、

増悪を恐れないし、増悪を統制できる確信があることを

子どもに示せるのです。さらに、自制心が育っていける

寛大な環境を子どもに与えることもできるのです。


ボウルビイ著「母子関係入門」より抜粋



私は常々、幼児や発達障害の子ども達の抱えている

心の葛藤は大きなものだと感じています。

健康な子も同じで、親のかかわり方によっては大きな

葛藤を抱えることになります。

子どものアンビバレンスな気持ちを無視して

「愛」によって抑圧することは、後々様々な問題

を引き起こしてしまうというのです。

仮に、大人が愛情を持って「あなたのためだから」

と育てたとします。世間的には幸せそうに見えても

実際の子どもの心はどうでしょうか?

善悪を抜きにして、自分の気持ちに正直に向かい

合うことができなかった子どもは、いつも世間体を

気にして、正直な自分の気持ちに対して罪悪感や

恐怖を感じることになるのではないでしょうか?


他にはない、あそびのアトリエの特徴は、子どもが

自分に正直でいれることです。そして、それを受け

止め、じっくり待ってくれる人がいます。

そしてママも正直であることの大切さに気付き

頑張って子育てをされています。

「敵意や嫉妬の感情を、率直に直接的に、自然の

まま表現できることは、子どもにとって何よりも助け

になります。」とボウルビイは言ってます。


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「成功体験」と「失敗体験」

あるパパの子どもの頃のエピソードです。↓

「お金持ちの友達が、電池を入れるとプロペラがクルクル

回るヘリコプターを持っていたんですよ。それで、みんなで

そのヘリコプターを飛ばそうという話になり、電池がたくさん

あれば飛ぶかもしれないということになり、各自が家にある

電池を持ち寄ったのですが・・・飛びませんでした(笑)」

学童期に仲間と一緒にやった経験はとても大切な思い出

になって心の中で生きているのでしょう。

素敵なエピソードですよね。

話をしてくれたパパは、現在は機械系を専門で教える

先生をされている方です。



「そんなのできるわけないでしょ」

「飛ぶヘリコプターは〇〇に売ってあるよ」等々

子どもが考えたり行動したりする前に、大人があれこれ

問題を解決してしまうと、子どもは自分で考えたり失敗し

たりする経験を奪われてしまいます。

学校では、正しい答えではないと〇をもらえませんが

遊びの中では、危険がない限り自由に考え、実行し、失敗

することができます。

遊びの中での失敗は次につながるいろんなアイディアや

工夫が生まれてきます。(思考が育つ土台になります)

それは子ども達の遊びを長年みてきて私自身が実感して

いることです。

「成功体験」が大切ということは誰もがうなづくことですが

「失敗体験」の大切さも一度考えてみませんか?


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「子ども」について一緒に考え、語り合い、学び合う仲間を~

あそびのアトリエOBお母さんが「放課後等ディサービス」

というところでお仕事をされています。

私も、違う施設ではありますが同じような事業者の

午前の部の「児童発達支援」に時々お手伝いにいってます。


どちらの事業所も職員の方は熱心に頑張られているの

ですが、グレーゾーンの子ども達に対する対応が

自分の経験値だけでの対応になってしまい

せっかくの施設の役割が生かされていないという

ところで二人の意見が一致・・・。

本来の施設の目的がはっきりせず、具体的な対応策

もなくやっているように感じています。

(自分の経験を元に個人的な意見ですが…)

OBのお母さんは、イギリスの大学で障害児の勉強をされ

資格も取られたそうです。(日本では使えない資格だそう

ですが…)それにプラス、自分の子育ての経験をもとに

あそびのアトリエで学んだことを生かしながら

独自に子どもを見る視点を探求しながら頑張られて

いる方です。

子どもに真剣に向かい合って試行錯しながら

頑張っていらっしゃる方とお話しができるのは

私にとって励みになります。

そういう輪がもっと広がればいいな~!!

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